向学のために読む本を記録するブログ!

本を読むことは財産だ!と思っています。ただ読んでインプットするだけではなく、心をに残った部分をアウトプット!ビジネス書から精神論までピンと来た本はどんどん読んでいます。

【自分を苦しめているのは自分自身だ】ゆるすということ


ゆるすということ もう、過去にはとらわれない ジェラルド・G.ジャンポルスキ

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日々、簡単に「許す」とか「許さない」という言葉を使っていますが、
一体それはどういうことなのかきちんと考えたことは無いような気がしています。

 

以前の私は、「○○にこんなひどいことをされたから許さない」などとされたことをずっと覚えていて、いつか仕返しをしてやりたいと思うような人間でした。

ドラマなどを見ていても復讐もののドラマは数も種類も多いので、
それを見て楽しむ人が多いことを見てもそんな人は多いのではないかと思うのです。

 

 

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けれど、最近はやりたくないことをやらないと決めているので、まず自分自身のことを許せているためか人に対しても要求が高くなくなってきたようです。
だから許せないと思うことが減ってきました。

 

こういうことかな、と思うのです。

苦しいのは継続的にずっと「誰かをゆるさない」と思い続けるからのような気がします。この継続的というのがミソなのかも。

だって、思い続けるということは、自分の心の中にわざわざその対象の居場所を作り(限られた場所なのに!)、ずっと自分のエネルギーを消費して気にし続けるということなのです。そう考えると場所もエネルギーももったいないなという気になって来ます。

「ゆるす」ということは慈愛の精神を持ってすべてのことを受け入れるというよりは、その出来事がゆるされることかゆるされないことかのジャッジをやめるだけでいいのかな?

その許せないようなひどいことに関して、その場でいっぱいムカついて怒ってもいいし、もうその人と付き合いたくないならそれも良しで、そのままその気持ちも(もう会いたくないならその存在も)ゴミ箱に捨てるような感じでポイしてしまえばいいんだなとそんなことを思ったのです。まるで恋のように心に抱き続ける必要はないのかな、と。

 

まあ結局すべてに置いて、外的要因に左右されているようで、実は自分の内面で何をどう見るかなのだということなのでしょう。そんなことを思いました。