【学校は工場労働者の育成機関だった】すべての教育は「洗脳」である〜21世紀の脱・学校論〜


すべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論 
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なるほどその通りだ、ぐうの音も出ないなあ・・・というのが読んだ後の感想です。

 

学校という存在が勉強のため、学力向上のためと思っていたけれど、そもそも最初の始まりは工場で労働できる人材を作り出すための機関だったと知ると、なるほどだから色んな事を平均的にできることが良しとされ、時間を守ること、言った通りに動くことが出来るようになる訓練をさせられてるんだな。

 

それって言い換えると言うことを聞く都合の良い人材を作るってことだもんな。それは社会人になっても同じ延長線上にいる感じで会社組織にいるって感じ。

そう考えると、確かに現行の学校という存在はもはやニーズに合っていない気がする。我慢することを教えられていて、なかなかその洗脳からみんな離れられない。

 

全部の教科を平均的にできる必要はないし、好きなことを突き詰める力がとても大切なんだか・・・。むしろ学校に合わなくて、登校拒否だとか落ちこぼれな子の方が新しい時代に合っているのかもしれない!

 

身の危険を感じるとか危険なことはダメだけど、そういう訳でもないのに、他の人と同じでないといけないからという理由で我慢する人生なんてつまらない。

もう卒業してしまったので、「こうしなければいけない」というような不必要な洗脳はすでに受けてしまっているけれど、今からでも取り払ってやりたいことは何でもやってみようと思う!